自己肯定感(今の自分を変えなくていいよね)と自己評価(自分達の演奏会有料だから来てもらうのはおこがましい)のバランスがあって、
一般的に「自分達の演奏は下手だ」というのは謙遜の範囲に収まるけど、
「自分はこれ以上、もしくはこれ以外のことをする気はなくて、全然上手くない」というのは謙遜に収まるか?というのは議論が必要で、
指揮者や指導者が演奏者に下手だと言い続けるのは当人の自己評価と一致するからいいんだけど、下手なことをその演奏者の人格に結びつけたりすると自己肯定感をゴリゴリ削るから辞められてしまう、
んで人数が少なくてとにかく誰であれ入ってもらわないと人員不足で廃部になってしまうと入れた人に、自己肯定感も自己評価も求めることは無茶なんだけど、入ったからには相応の責任を背負ってもらうというのは、学校の「教育活動の一環としての部活動:教育心理学」で考えても酷い。
で昭和平成の部活動は(令和の今は知らない)部員に際限ない向上心だけを求め、
「ぐちゃぐちゃ言うのなら上手くなってから言え」
という人間性を認めない姿勢があった。
今の時代そんなことはないと言われるかもしれないけど、今の学校吹奏楽部指導者に、メンバー一人一人の自己肯定感と自己評価をコントロールする接し方になっているのか?