横須賀工廠吹奏楽団
戦前戦中の日本吹奏楽史を調べる上で、横須賀工廠吹奏楽団(略称:横廠バンド)は外せないと思い、二十年以上経ちました。
本読みの繋がりで横須賀の年配の人を尋ねたり、横須賀市立中央図書館に行ったりしたのですが情報が無く、こないだ横浜そごう前の広場で「世界記憶遺産に横須賀を!」てイベントがあったので聞いてみたけど、やはり知っている人がいなくて。
ちなみに、工廠とは工場のことです。横須賀は軍港として栄え、軍艦にまつわる工場・工廠がたくさんあり、私は「一つの工場に一つの楽団があった」と聞いたことがあります。
で、ようやく、ようやく資料が一つ見つかりまして、いくらか解ったことがあるんですけど…さらなる謎も出てきました。
この資料の主人公ホルンを吹いているのですが、横廠バンドと平行して管弦楽団にも在籍し、チェロを演奏している。
昭和13年3月6日、横須賀港交響管弦楽団で、「出征家族慰安演奏会」で江口夜詩・米倉青峰(峯?)指揮、松平晃・松原操(ミス・コロンビア)を迎えて演奏している。演奏会場が「隣保会館」。横須賀工廠行進曲なんか演奏していて、やはり工廠との関係はあるよう。また港合唱団がステージに登って「愛国行進曲」を歌っている。
他に、昭和14年6月4日の大日本吹奏楽報国会結成記念大演奏会について。
ところが雑誌「バンドの友」でその後の参加バンドを見てみると、横廠バンドは入っていないんです。初年で吹奏楽報国会を辞めたか。
横廠バンドの練習風景が少し続いて、
昭和16年10月8日、軍港音楽院定期演奏会でギターを弾いている姿に。音楽塾みたいなものか?
次が昭和18年3月24日、浦賀国民学校吹奏楽団。ちなみにこれは編成が書かれていて
トランペット2名
1stコルネット2名
2ndコルネット2名
1stクラリネット1名
2ndクラリネット1名
バリトン5名
トロンボーン2名
小バス2名
アルト2名
大太鼓1名
小太鼓3名
合計23名か。
そして最後、昭和22年4月の吉川勇指揮「New Star」で終わる。
ただしこの「New Star」は「みなさん」と書かれていて、演奏したのかは不明。
とまぁこんな感じの資料なんですが、
一番の謎は、
この資料を綴った人の名前が解らないんですよ。orz
家族や友人のことも触れているんですけどね。自分の名前を書いていない。
私用の記録物だから、仕方がないか。