努力と意欲の頭打ち
水準以上の物を作れる人が起業して、そこそこお客がついたとき、
より上のレベルの物にしようとすることは心理的にとても困難なことなんだろう。
昔、うちの近所にケーキ屋さんがあって、とても評判が良く繁盛していた。
ついでに言うなら、偶然にも私が高校生の時の吹奏楽部の先輩がそこでバイトをしていた。
ところがどんな事情があったのか、そのお店は閉店してしまった。
それから二十年くらい経ち、当時のパティシエの息子さんが店を再開した。
私の母はケーキの味を楽しみにしていて、私と二人で食べてみたんだけど、
一生懸命作りました
という味で、二人とも黙ってしまった。
それから三年経ち、味も向上したかな?と思って食べてみたんだけど、
まぁ不味くもないけどフツーの味。
今ではケーキ業界もレベルがどんどん上がっていて、美味しくて驚かされる店がたくさんある。
でもそのお店はサプライズがない。
で恐ろしいことに、そういう、味の向上が見られない店って、結構あるのよね。
それはそれで構わないことなんだろうけど、吹奏楽で、
新しい曲、素晴らしい曲、素晴らしい演奏を標榜する人てのが結構いる。
それはそれで喜ばしいことなんだけど、世間一般の吹奏楽観って、
高校野球の応援演奏であり、休日に公園や広場でやっている演奏なんだよね。
本格吹奏楽の人はステージでの演奏を基準にしているんだろうけど、
高校野球の応援演奏のために新曲を書く人、注文するバンドって、あるのかね?
アフリカン・シンフォニーはもう聞き飽きたよ。
公園広場の演奏も、ニューサウンズが主流でしょ?そりゃM8とかバンドジャーナルの付録もあるだろうけどさ、主流は。
これはこれでいいんだって決めつけてる人が多い文化は、仕方がないのだろうけど、
新しい様式、新しい発想は、難しいんだろうな。