ぽかぁんとしてしまうこと:Hatena版

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ギャルド交響吹奏楽団初来日の記事

依頼がありまして。

月間吹奏楽研究の1962年1月号、No.75に、

1961年11月に初来日したギャルド交響吹奏楽団の記事はあるのですが、

月間吹奏楽研究は毎年1月号は基本的に全日本吹奏楽コンクールの特集をやってまして、

この号も基本的に第九回全日本吹奏楽コンクールの内容がほとんどで、

ギャルドについの特集は2ページ+1/5段です。

P.44が日程紹介で

「伝統百年の魅力 ギャルド交響吹奏楽団 日本ではじめての公演」

朝日講堂で公開講習に関しては

pict:right五日上野文化会館、六日大阪フェスティバルホール、八日八幡市八幡製鉄体育館、九日京都会館、十日名古屋市公会堂、十一日再び上野文化会館、十三日千駄ヶ谷東京都体育館、十五日高崎市群馬音楽センターなどで演奏会を行い、また、その間、四日には、朝日新聞社本社講堂での「木・金管奏法の公開講座、十二日の全日本コンクールでの特別出演など、離日するまで多忙な日程をおくったのである。pict:left

と、これだけですね…。

P.45+1/5段は

ギャルド交響楽団歓迎演奏会」

で演奏した吹奏楽団十団体の紹介と、ギャルドの来日&演奏会が今後の日本吹奏楽界に与えるであろう影響についての考察です。

写真は

表紙の

「十一月二日、上野の東京博物館玄関前で、「フランス美術展」開会式に御臨席の両陛下の前で、来日しての最初の演奏をおきかせするギャルド交響吹奏楽団、指揮はプロン(ママ)楽長(朝日新聞社版権所有)、

P.44に二枚

東京文化会館で演奏するギャルド交響吹奏楽団。

絶妙の指揮をみせるブラン楽長(小原敬司撮影)

の計三つ。

……

………

あれ?

おかしいぞ?

月刊吹奏楽研究で「ギャルド初来日」を最初に採り上げたのが

1961年7月号No.70で、

P.34

「十一月に来日決定 パリのギャルド・レピュブリケーヌ

朝日新聞社では、十一月二日から東京で二ヶ月間、(略)

予定曲目の中にはローレン州、シャンブルエミューズなどのフランス代表的行進曲やドリーブのラクメ、レハールの微笑の国、オッフェンバッハの巴里の生活などのほか、エグモント序曲軽騎兵序曲、シュトラウスの諸円舞曲、コッペリアなどのバレー局その他もろもろとなっている。(略)詳細は次号で報道予定。

その次号、8月号No.71で、

P.14

「フルメンバー80名で ギャルドの来日決定」

世界最高の吹奏楽として認められるフランス巴里のギャルド(略)編成、曲目、各地の会場や日時などは、近く決定発表されるはずである。

9月号No.72は言及なし。

10月号No.73は

表紙をめくって普段なら巻頭言のページに

「まちに待った 世界最高の交響吹奏楽団 フランス ギャルド・レピュブリケーヌ

十一月一日から各地で演奏

(とありますが、まぁ一日は羽田着そのままホテルへ直行なのでギャルドの演奏はないんですが)

二日、及び四日午后六時三十分から各二時間、ギャルド隊員による公開講堂。

二日は金管楽器、四日は木管楽器、各定員六百名、会費一回五百円、会場は千代田区有楽町朝日新聞社講堂。巴里コンセル・バトワール教授の直接指導で申込殺到する筈なので、希望者は朝日新聞社企画部ギャルド係へ、至急手続きされたい。

三日、歓迎演奏会、新宿区番衆町厚生年金会館講堂で、午后六時三十分から、入場料二百円(定員二千四百人)

(略)

七日、京都、奈良を見物後、午後七時から、公開講座、会場朝日ホール(この詳細は北区中之島朝日新聞大阪本社企画部へ照会のこと)(略)

で次の12月号No.74は言及なし、

で1962年1月号、No.75になるんですけど、

あれ?二日の東京での公開講座は四日にまとめられたのか?七日の大阪での公開講座はどうなったんだ?と解らないんですが、まぁ予定が変更されたとしてもおかしくないんですけど、このNo.75で、書かれている行動内容についてはそれなりに記録として読めるんですが

P.44の最下段に

pict:rightギャルドの演奏の内容については、多くの人たちが実地にこれを聴いているので、ここで説明する要もないと思う。堀内敬三氏は(略)野呂信次郎氏は(略)伊藤隆一氏は(略)朝日新聞社の犠牲的なこの企畫に最大のお礼を申し上げなくてはなるまい。pict:left

……

………

ギャルドの演奏曲目、書いてない!

いや、次のP.45に、

ギャルド交響楽団歓迎演奏会」

では、プログラム、演奏団体名と指揮者と曲目あって、十団体目が

ギャルド・レピュブリケーヌ

F.J.ブラン

ローマの謝肉祭…ベルリオーズ

三角帽子…ファリア

ハンガリア狂詩曲二番…リスト

とあって、

pict:right終演は十時という長時間の演奏会であったpict:left

とまで言及してるんですよ、

まぁ確かに、ギャルドが演奏会で何を演奏したかって、大勢が書いてるだろうしなぁ、第九回全日本吹奏楽コンクール特集号で、ページが足りないから(それでも全体はページ増やしてるって)割愛したのか、

それとも招待状来なかったのかなぁ。

他にもいろんなこと、詳細に記録してるんだけどなあ。

前にも東京佼成吹奏楽団第一回演奏会の記述が東京佼成ウインドオーケストラの公開している記録と違うって書きましたが、三戸さん、ほんとわかんねーなー。

ちなみに

pict:rightギャルド一行は、来日の翌日の十一月二日、東京国立博物館で行われた「フランス美術展」の開会式に奏楽した。

 この日、同博物館玄関さきには、日仏両国旗がかざられ、ギャルド軍楽隊は、ナャ激Iン三世時代の礼奏に身をかため、午前十時、天皇・皇后両陛下がお見えになると、ブラン楽長の指揮で国歌君が代と、ビゼーアルルの女組曲を演奏した(本号表紙写真)pict:left

だそうです。ちゃんと曲目を書いとる。