日本の楽壇がまず見ないこと
まぁ誰か指摘している人もどっかにいるかもしんないけど。
まず、日本のクラシック音楽楽団史って、明治時代以降一貫して「経済成長」史観にのっとっていますね。明治時代の“富国”強兵政策時には山田耕作らの活躍、
戦後の「焼け跡からの出発」は「ここに泉あり」、
第一次オイルショックが1973年10月6日に第四次中東戦争が原因で日フィル争議は1972年6月30日から、
日本の交響楽団の渡欧ラッシュはいつ頃だっけな?
これがどういうことかというと、第一次世界大戦とか、朝鮮戦争とか、バブル景気の“特需”の頃、楽壇は(多少経営が楽になったかなぁ)という感覚はあったにせよ、文化的な爛熟期とか頽廃期は迎えられなかったんですよね。
1980年代後半の世紀末ブーム&マーラーブームは何を遺したんだろう?
日本のクラシック音楽楽団史の基本は、一貫して“清貧”を獅ニしていたのであります。
これがどういうことかというと、ヨーロッパのクラシック音楽史の、ロッシーニなんて例になるかな、後世から見たらあまりにいい加減、無茶苦茶な作曲活動がもて囃されたとか(その分演奏されなくなった曲も多いだろうけど)、日本の元禄・化政文化のように「大金稼いでも、鎖国しているから投資先がねぇ」(ヨーロッパでは余剰資本の海外投資が植民地主義に繋がった)てなことで享楽的な金遣い、遊び、文化が華開いたんだけど、
日本の演奏家はそういう経験が一切無いままヨーロッパのクラシック音楽文化を語り、日本の文化を語るわけですよ。バブル景気を経験してない若い連中が言うのは仕方がないかも知れないけど、経験した大人が“清貧”のイデオロギー一本槍で語っちゃうのは、拙くないか?
だから仕分けされたら子ども・教育・情操しか語れない。
部外者にはクラシック音楽の文化を語ることが出来ない。
そして欧米人の素朴な疑問
「何故日本人が我々の音楽をやるの?」
には、結局今でもきちんと答えられていないわけだ。
欧米・外に対しては
「日本人ならではの感性、考え方でクラシック音楽を演奏したら」と答え、
日本国内・内に対しては教育を持ち出す。
これを逆にしたらその無茶苦茶ぶりが解るでしょう、
日本のクラシック音楽の指導方法は欧米では全く必要とされていないし(鈴木メソッドは除く、か?)、日本国内に「日本人ならではの〜」と言ったところで
「お前が日本の伝統文化の何を知ってるんだ!」と一喝されて終わり。